東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3046号 判決 1960年5月18日
原告 遠藤専太郎
被告 中村まつ 外三名
主文
被告は原告に対し東京都板橋区舟渡一丁目二八番の二畑二反歩につき原告及び訴外遠藤専蔵と訴外中村三郎間の昭和二九年六月一八日付東京都知事の許可を条件とする売買契約に基き右所有権を原告及び右遠藤専蔵に移転するにつき東京都知事に対する右許可申請の手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(双方の申立)
原告は主文同旨の判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。
(原告の主張)
一、原告は、訴外遠藤専蔵とともに、訴外中村三郎から、昭和二九年六月一八日主文一項掲記の農地(以下「本件農地」という)を代金は一二〇万円として東京都知事(以下単に「知事」という)の許可を停止条件として買い受け、なおその際、右農地はすでに国から右中村三郎に売り渡されてはいたがその移転登記が未だ完了していなかつたため、中村は右移転登記が済み次第原告らに対して知事に対する前記許可申請手続に協力することを約した。
二、しかるところ、その後、右中村三郎は昭和三二年三月四日死亡し、訴外中村ゑひ、同まつ、同文子、同昇の四名がこれを相続したが、右四名の者は東京家庭裁判所に対し限定承認の申述をして同年八月二三日これを受理され、その結果同日被告が右四名の相続財産の管理人に選任せられた。
三、そこで、被告は、前記一において述べた中村三郎の負う債務を承継したものであるところ、国より右中村三郎に対する本件農地所有権の移転登記はすでに同年(昭和三二年)一月二六日に完了しているので、被告は原告ら(原告及び遠藤専蔵をいう。以下同じ)に対し、知事に対する前記許可申請の手続に協力すべき債務を負うものである。したがつて、原告は被告に対し右手続をなすべきことを求める。
(被告の答弁)
一、原告主張一の事実は知らない。
二、同二の事実は認める。
三、同三の事実は争う。なお、被告はその相続財産の限度内で責任を負うにすぎない。
(証拠)
原告は、甲第一ないし第九号証(甲第二、五号証は各一ないし三)を提出し、証人高山忠治の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、被告は、甲第一号証、第四号証、第五号証の一の成立は知らない、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
一、先ず、原告主張一の事実の存否につき按ずるに、証人高山忠治の証言及び原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第一号証、同証人の証言によつて成立を認め得る甲第四号証、原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第五号証の一及び成立に争のない甲第三号証、甲第五号証の二、三、甲第九号証並びに証人高山忠治の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、その息子たる遠藤専蔵と共同名義にて、知人の中村三郎から、昭和二九年六月一八日、右中村が国からすでに売渡通知を受けていた(但し、移転登記未了の)本件農地を代金一二〇万円、知事の許可を停止条件とすることで買い受け、なおその際、当事者間にて、中村は右国からの売渡登記を受け次第原告らに対して右許可の申請手続に協力すること、しかして右許可があれば直ちに中村から原告らに対して所有権移転の登記手続をなすことを約した。そして、原告は、中村に対して同日右代金全額を支払うとともに、中村から同年秋頃までに本件農地全部の耕作を許容せられてその後引き続き右耕作に従事していたところ、昭和三二年一月二二日に至り前記国から中村に対する売渡登記も完了したことなどの事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。しかして、右の事実によれば、中村三郎が原告らに対し、知事に対する右許可の申請手続に協力すべき債務を負つていることは明らかである。
二、しかして、原告主張二の事実(右中村三郎がその後死亡し、その相続人が限定承認をし且つ被告がその相続財産管理人となつたこと)は、当事者間に争がない。
三、しからば、被告は、その管理する相続財産の限度において本来右中村三郎の負う債務の履行をなすべきことは明らかである。しかるに中対が原告らに対し負つていた本件の債務は、通常の財産給付行為の如き債務とことなり、原告らと連名で知事に対し上記許可の申請という公法上の意思表示をなすべき債務であり(農地法施行規則二条一項、二項参照)、したがつて、その債務の性質上直接それによつて財産権の移転をもたらすものでなく、右意思表示の結果知事の許可があるかどうかは未知数であつて、その許可が得られてはじめて前記売買契約が効力を生ずるということとなるのであつて、また右許可が得られ、それによつて右の財産的効果が生ずることとなつたとしても被告はその段階において右契約の履行をその相続財産の限度でなせば足りるのであるから、本件債務の履行そのものは相続財産の限度という責任の限界とは無関係であると解すべきである。従つて被告は、原告らに対し、無条件で右意思表示をなすべきであり、その相続財産の限度で右債務を履行すれば足るというものではない(しかして、原告らが、もと中村三郎に対し、現在は右の如く被告に対し、有する右債権は、その性質からいつて不可分債権であるというべく、したがつて、それは、原告単独にても行使し得、必ずしも原告らの共同行使または原告が総債権者の利益のためにのみ行使する必要はないものと解すべきであつて、要するに原告単独にて提起した本訴も適法な訴である)。
四、以上の次第であるから、原告が被告に対し上記許可の申請手続をなすことを求める本訴請求は理由があり且つ上述したように被告に対しその相続財産の限度内で右履行をなすべきことを命ずる必要もないので、そのような限定をすることなく右請求を認容し、訴訟費用は敗訴した被告の負担として主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)